近年は超高齢化社会と言われるほど、世界的に高齢化が進み、そこには身体的にも精神的にも様々な課題が生まれています。
今回はそのような認知機能の改善を目的としたレジスタンストレーニングについてご紹介していきたいと思います。
認知機能とは?
最近ではよく耳にする認知機能という言葉ですが、どのような機能の事をいうのでしょうか?
【認知機能】
理解、判断、論理などの知的機能のこと。認知とは理解・判断・論理などの知的機能を指し、精神医学的には知能に類似した意味であり、心理学では知覚を中心とした概念です。心理学的には知覚・判断・想像・推論・決定・記憶・言語理解といったさまざまな要素が含まれますが、これらを包括して認知と呼ばれるようになりました。
厚生労働省 e-ヘルスネットより
しかし一般的には認知機能は主に認知症における障害の程度を表す場合に用いられることが多いようです。認知症では物忘れにみられるような記憶の障害のほか、判断・計算・理解・学習・思考・言語などを含む脳の高次の機能に障害がみられますが、その障害がみられる脳の機能として認知機能と表現されます。
高齢者にとって、身体機能の低下による要介護や寝たきり状態を防ぐことと共に、認知症をどう予防するかも生活していく上で気になるポイントでしょう。
そのため、認知機能の衰えを抑制する事、また老化の過程で経験する実行機能の低下を予防することに役立てようと、有酸素性運動やレジスタンストレーニングを取り上げた研究が行われてきました。
複数の研究結果からの分析により、エクササイズやフィットネスが認知機能に対し選択的利益をもたらす事が確認されています。
長期の筋力トレーニング
65~75歳の非活動的な高齢者62名に対して、24週間の高強度(80%1RM)および低強度(50%1RM)のレジスタンストレーニング(筋力トレーニング)が認知機能に与える影響を評価する研究を行ったところ、週3回の高強度運動と中強度運動を行ったグループは、週1回のウォームアップと無負荷のストレッチングを行ったグループに比べ、
複数の研究者が、IGF-1の末梢濃度の上昇が認知機能の向上に理論上つながる可能性があると示唆しています。
つまり上記の研究では、中強度の筋力トレーニングも高強度の筋力トレーニングも共に、高齢者の認知機能にプラスの効果があると結論付けられました。
中期のレジスタンストレーニング
空間認識及び反応時間の視覚的、運動的要素に対するレジスタンストレーニングの効果を評価する為に、60歳の健康な男女25名を対象に6週間の調査を行った研究があります。
これは、空間認識が認知機能の一要素である事を確認し、事故を回避するためには、自らの環境を認知して適切に反応する必要があり、そのための反応時間が重要であるという見解に則った研究です。
この研究では、高齢者に週2回のセッションを6週間実施、各セッションは7種目または8種目の上半身と下半身のエクササイズからなる全身のトレーニングで、それぞれのエクササイズは、8~15レップずつ3セット、負荷を中強度(主観的運動強度のOMNIスケールで0~10段階の5または6に相当)に設定して行いました。
研究者らは、レジスタンストレーニングが空間認識を改善するメカニズムは不明であると示唆しながらも、
また別の研究では、年齢60~80歳の健康な男女36名に、9週間のトレーニングを実施し、有酸素性トレーニングと筋力トレーニングが認知能力に及ぼす効果を測定したものもあります。
有酸素性トレーニングを行ったグループは最大心拍数の70%の強度で、週3回エクササイズを行い、最初のセッションは20分のウォーキングから始め、第3週までに50分まで延長しました。
筋力トレーニングを行ったグループは7種目のエクササイズで、最初は60%1RMで12レップ1セットから始め、第2週までに3セットに増やし、2週ごとに5%ずつ負荷を調節し、最終的には80%1RMまで増加させました。
以上のような過程から、筋力トレーニングが情報処理および認知プロセスの促進に効果的であるという結論を出しました。
短期のレジスタンストレーニング
短期のトレーニングにおいての研究では、55~70歳の男女を対象に短期的研究を実施し、被験者は10分のウォーミングアップ後、約20分かけて7種目のレジスタンストレーニングを70%1RMで10レップずつ2セット行い、48時間以上間をあけ3回セッションに参加してもらいました。
この研究の目的は、短期の全身のレジスタンストレーニングが壮年期以降の成人の能力に及ぼす効果を、神経心理学的評価(すなわち、実行機能の要素である、計画および作業記憶の測定に用いられる「ロンドン塔」課題)を用いて測定する事だったそうです。
この研究結果から見られるように、レジスタンストレーニングが認知にもたらす利益は神経ホルモンメカニズム(IGF-1)によって説明できると発表しました。
また、35~65歳の男女41名に2回だけトレーニングを行ってもらい、急性効果を調べる研究も発表されています。
被験者は約45分かけて、6種目のレジスタンストレーニングを75%1RMで各10レップ、2セットずつ行いました。
この研究では、短期のレジスタンストレーニングが最大心拍数の上昇に効果があったことが報告されています。
この結果は別の短期の有酸素性エクササイズの研究結果とも一致すること、すなわち、
しかし、最大心拍数の増加が脳への血流の増加とカテコールアミンなどの血漿タンパク質の増加をもたらす事が認知機能の改善の潜在的メカニズムであると決定するためには、更なる研究が必要でしょう。
認知機能の改善メカニズム
レジスタンストレーニングが高齢者の認知機能を強化するのか、そのメカニズムはまだ明らかになっていませんが、可能性のあるメカニズムがいくつか注目されていますので、そちらをご紹介していきます。
- 長期的なレジスタンストレーニングにより脳への血流が増加し、中枢神経系に豊富な栄養と酸素が運搬されるという仮説がある。
- 血液の粘性増加は認知能力と負の相関関係がある。血液の粘性の改善を研究結果と直接関連付けてはいないが、有酸素性トレーニングは通常血流を増大させる事、したがって血液の粘性を低下させて認知能力の改善をもたらすと仮定した。
- 長期のレジスタンストレーニングがIGF-1の血中濃度を高める事を証明し、さらにIGF-1が脳由来分子の調節に関与する事を示唆した。IGF-1は神経細胞の成長、生存、分化を促し、認知能力を改善する。
- エクササイズは通常、抗酸化酵素の活動を増大させ、したがって産科的損傷の修復を促進するとの仮説を立てた。
- 他の研究でも見られるように、βアミロイドの沈着が減少したことが認知機能の改善要因である可能性があると提案した。
- 運動によって生じる生理学的覚醒(最大心拍数の増加により測定される)が、認知機能に対するレジスタンストレーニングの利益のメカニズムである可能性があると仮定した。
- 研究で観察された認知能力の改善は、覚醒の変化とある特定の生理学的メカニズムにより説明できる可能性があると示唆した。
- 神経ホルモンメカニズム(すなわちIFG-1)が、研究で観察された、認知に対するレジスタンストレーニングの利益を説明する可能性があると示唆した。
- レジスタンストレーニングがどのように空間認識を改善するのか、そのメカニズムは不明であるとしながらも、他の研究が示したように、循環成長因子の調節的な役割(2つの細胞間、組織間、器官間で情報を伝達する化学的メディエータとしての役割)、神経適応における神経栄養因子(ニューロトロフィン)について論じ、エクササイズが大脳の血流、栄養素の運搬と利用、さらに神経伝達や神経細胞新生などを増加させることによって、どのように脳機能に影響を与えるか論じた。
- 筋力トレーニングが神経伝達物質の作用や大脳の血流、さらに異なる脳領域における神経細胞の複雑性を高める事により、神経生物学的な変化をもたらす可能性があるとの仮説を立てた。
これらの研究は、筋力トレーニングが認知機能を改善する可能性があると提唱しています。
しかし、正確なメカニズムを明らかにするためには更なる研究が必要です。
様々なテストにより測定される認知機能の改善は、グループ環境や筋力トレーニングの社会的側面によるものかもしれないですし、そもそも筋力トレーニングに参加する人々は、総じて達成意識が高いために、テストでもより良い結果が出るのかもしれません。
さらに、認知の改善の理由として、筋力トレーニングを経験したことのない被験者が、種目名やマシンの設定、使っている筋肉の名称など、記憶すべき新たな認知的な刺激を受けたことを指摘する見解もあります。
またグループ活動に参加すると、インストラクターの指示に従ったり、情報を共有したりする事が要求されるため、それが認知機能の改善に寄与した可能性があるという意見もあります。
まとめ
老化は、徐々にそして確実に進行する避けられない人間のプロセスですが、筋力トレーニングは老化で見られるマイナスの変化のいくつかを抑制し、予防する事が明らかになっています。
あらゆる年齢層、特に高齢者の認知機能を改善し維持する為に、簡単で効果的な筋力トレーニングを行う事は有効的であると言えるでしょう。
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